この記事の結論
  • 結論:受注額ではなく「報酬−直接経費 ÷ 投下時間」で出した==実効時給==を案件ごとに並べると、手元が残らない原因が特定できる。
  • 理由:公的調査が把握しているのは収入や契約条件までで、1件にどれだけ時間を使ったかは自分で記録しないと誰も持っていないため。
  • 確認点:見積りとの差を「付随作業・手戻り・待ち」に分けて集計し、3か月以上の中央値で判断すること。1案件の結果だけで単価や継続を決めない。

案件は途切れていないのに、年末に通帳を見ると思ったほど残っていない。フリーランスやエンジニアからよく聞く悩みですが、原因は「単価が安いから」とは限りません。同じ30万円の案件でも、40時間で終わるものと62時間かかるものでは、時間あたりの稼ぎが1.5倍以上違います。ところが多くの人は、この「かかった時間」だけを記録していません。

この記事では、工数の記録から実効時給を算出し、見積りが外れる原因を数字で切り分けるまでの手順を整理します。公的統計で確認できる範囲と、自分で測るしかない範囲を分けて説明します。

公的調査が教えてくれること、教えてくれないこと

内閣官房新しい資本主義実現会議事務局・公正取引委員会・厚生労働省・中小企業庁が実施した「令和4年度フリーランス実態調査結果」(調査時期:令和4年8月、集計数2,119名)を見ると、フリーランスの収入構造の輪郭がつかめます。

同調査のQ8は、直近1年間の収入について「売上高から必要経費等を差し引いた所得の額であって社会保険料及び税を差し引く前の額」と定義したうえで尋ねています。結果は100万円未満が14.1%、100〜200万円未満が12.6%、200〜300万円未満が12.7%で、300万円未満が合計39.4%(「わからない・答えたくない」16.4%を含む全体に対する割合、基準日:令和4年8月)。一方で1,000万円以上は3.4%でした。

契約の形も特徴的です。主な契約の契約期間は「期間の定めのない契約」が61.8%、報酬の支払時期は「後払い」が47.8%、「特に決まっていない」が20.6%。さらに、主な契約の期間中に他の仕事を掛け持ちしていない人が66.1%を占めます。

ここで重要なのは、この調査に「1案件あたり何時間かけたか」という数字は存在しないという点です。年収の分布も契約期間の分布も分かりますが、時間で割った値は誰も測っていません。つまり実効時給は、自分の手元でしか作れないデータです。

なお、公正取引委員会・厚生労働省が令和6年5月27日〜6月19日に実施した「フリーランス取引の状況についての実態調査(法施行前の状況調査)」(令和6年10月18日公表、回答件数5,300件)では、取引条件の明示や報酬の支払期日について、建設業・生活関連サービス業・情報通信業などで問題となり得る行為の割合が他業種より高いと報告されています。契約条件の曖昧さは、後述する「待ち」や「手戻り」として工数に跳ね返ります。

実効時給の定義:分子と分母を先に固定する

計算式はシンプルです。

> 実効時給 =(案件報酬 − その案件の直接経費)÷ 投下時間の合計

ポイントは分母の範囲です。納品物を作っている時間だけを数えると、実態より高く出ます。次のものはすべて分母に入れます。

  • 要件のヒアリング、見積書・提案書の作成
  • 打ち合わせと、その前後の準備・議事メモ
  • 移動時間(オンサイト案件の場合)
  • レビュー対応、修正、手戻り
  • 請求書発行、入金確認、催促の連絡

分子から引く直接経費は、外注費・素材やライセンスの購入費・交通費など、その案件がなければ発生しなかった支出に限ります。家賃や通信費のような共通費は案件単位で按分すると恣意的になるので、年間ベースの損益で別に管理します。税金と社会保険料も同様で、案件ごとに割り付けるより、年間の必要手取りから逆算した目標時給と突き合わせるほうが実務的です。目標水準の作り方は報酬単価を必要手取りから逆算する方法で整理しています。

実際に並べると、見え方が変わります。

項目A案件(受託開発)B案件(保守・改修)
報酬(税抜)300,000円180,000円
直接経費20,000円0円
見積工数40時間30時間
実績工数(付随作業含む)62時間33時間
見かけの時給(報酬÷見積工数)7,500円6,000円
実効時給約4,516円約5,454円

見積り時点ではA案件のほうが有利に見えますが、実績で割ると逆転します。受注額の大きい案件ほど実効時給が低いというパターンは珍しくなく、記録がなければ気づけません。

工数の記録は「15分粒度・4タグ・当日中」で足りる

記録の仕組みが重すぎると続きません。次の3点だけ決めれば十分です。

粒度は15分、記入は当日中

分単位で追う必要はありません。15分単位に丸め、その日のうちに書きます。翌週まとめて思い出すと、打ち合わせや連絡の時間が systematically に抜け落ち、実効時給が高めに出ます。

タグは4つに絞る

分類が増えると入力が止まります。次の4つで、後述する原因分析には足ります。

  • 制作:成果物そのものを作っている時間
  • 打合せ・連絡:会議、チャット、メール、議事整理
  • 手戻り・修正:仕様変更やレビュー指摘による作り直し
  • 事務・待ち:見積書、請求書、入金確認、先方の回答待ちに伴う再着手コスト

専用ツールは不要

スプレッドシートで「日付/案件名/タグ/開始/終了/分/メモ」の7列があれば運用できます。既にタスク管理ツールを使っているなら、そこにタグを足すだけで構いません。重要なのはツールではなく、最低4週間、できれば3か月続けることです。1案件だけのデータは分散が大きく、判断材料になりません。

見積りが外れる原因を3つに分解する

記録が溜まったら、案件ごとに乖離率を出します。

> 乖離率 =(実績工数 − 見積工数)÷ 見積工数

そのうえで、増えた時間を先ほどのタグで内訳に分けます。原因によって打ち手がまったく違うためです。

1. 見積りに入れていなかった付随作業:打ち合わせ、環境構築、ドキュメント整備、請求事務など。これは見積りの作り方の問題なので、次回から工数表に行を足せば解決します。案件タイプ別に乖離率の中央値を出し、見積りに係数として掛けるのが現実的です。

2. 手戻り・修正:仕様が固まらないまま着手した、レビューの往復回数が想定を超えた、というケース。総工数に占める手戻りタグの比率が20%を超えるなら、見積り精度ではなく仕様確定のプロセスそのものに原因があります。着手条件(確定した仕様書の受領)や修正回数の上限を契約に書く、という対処になります。

3. 待ち:先方の回答待ち、素材の支給待ち。ここは注意が必要で、待ち時間そのものは工数に計上しません。カレンダー上の納期は延びますが、実効時給は下がらないからです。下がるのは「待ちのあいだに文脈を忘れ、再着手時に思い出す時間」のほう。この再着手コストだけを事務・待ちタグで拾います。待ちが多い案件は、時給の問題ではなく稼働の読みにくさという別の問題を抱えています。

前述の実態調査で「取引条件の明示」に関する問題行為が特定業種で高い割合を示していたことを踏まえると、2と3は自分の見積り能力の問題ではなく、取引条件の問題である可能性を先に疑う価値があります。

「一人あたり付加価値」に換算して次の一手を決める

実効時給は自分の中の相対比較には使えますが、外部と比べる物差しがありません。そこで補助線になるのが、中小企業庁が示す労働生産性の考え方です。

中小企業庁 事業環境部調査室「2025年版 中小企業白書・小規模企業白書の概要」(2025年5月14日)は、労働生産性を「従業員一人当たり付加価値額」と定義し、付加価値額=営業純益(営業利益−支払利息等)+人件費+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課としています。財務省「法人企業統計調査年報」に基づく2023年度の水準は、大企業1,589万円、中規模企業579万円、小規模企業503万円(基準日:2023年度、2025年5月14日公表資料)。同資料は、中小企業の労働生産性が約30年前と比較しても緩やかに低下する傾向で推移していると指摘しています。

フリーランスは「従業員が自分一人の事業者」です。年間の付加価値(おおまかには売上−外部購入費用)を年間の投下時間で割った値が、そのまま自分の労働生産性になります。年間付加価値500万円・年間1,800時間なら時間あたり約2,778円という具合に、白書の水準と並べて眺められます。

同資料は、コストカット戦略には限界があり、積極的な設備投資・デジタル化と適切な価格設定・価格転嫁によって労働生産性を高めることが重要だと整理しています。これは一人の事業者にも当てはまり、選択肢は次の3つに収束します。

  • 時間を減らす:定型作業の自動化、テンプレート化、ツール導入
  • 単価を上げる:同じ工数でより高い報酬を得る
  • 案件を入れ替える:実効時給の低い案件を、高い案件に置き換える

なお、価格転嫁は発注側でも道半ばです。同資料が引く中小企業庁「価格交渉促進月間フォローアップ調査」によれば、価格転嫁率はコスト全般で51.4%、労務費で44.7%、エネルギー費で44.4%(2024年9月調査時点、n=54,430)。相手にも転嫁しきれていない事情があるという前提で交渉を組み立てる必要があります。具体的な進め方は単価の値上げをどう切り出すか:根拠の作り方と交渉の順番を参照してください。

数字をどう使い、どこで使わないか

実効時給は強力ですが、万能ではありません。判断材料として使う際の整理です。

強気材料:工数記録は、値上げ交渉で最も反論されにくい根拠になります。「相場より安いので上げてほしい」より「この案件は見積り40時間に対し実績62時間で、うち18時間が仕様変更に伴う修正でした」のほうが、相手も社内を説得しやすくなります。見積り精度が上がれば、無理な同時受注も減ります。

リスク:記録そのものが工数になります。粒度を細かくしすぎると、続かないうえに実効時給まで押し下げます。また、短期の数字はぶれます。立ち上がりに時間がかかる新規クライアントは初回の実効時給が低く出やすく、それだけで切ると中長期の取引を失いかねません。学習効果の大きい案件や、実績として次につながる案件は、時給では測れない価値を持ちます。

判断条件:単価改定や契約見直しを検討する目安としては、次の2つが同時に成立したときが一つの線引きになります。

  1. 3か月以上・複数案件で見た実効時給の中央値が、必要手取りから逆算した目標時給を継続的に下回っている
  2. 乖離の主因が自分の見積り漏れではなく、仕様変更・条件の曖昧さなど相手側の要因にある

1だけなら、まず見積りの作り方を直すほうが早い。2も揃って初めて、条件交渉のテーブルに乗せる話になります。逆に、乖離の大半が自分の付随作業の計上漏れだったなら、交渉ではなく見積りテンプレートの修正が答えです。

まとめ

  • 公的なフリーランス実態調査は収入分布や契約条件までは示すが、1案件あたりの投下時間は自分で記録するしかない。
  • 実効時給は「(報酬−直接経費)÷ 投下時間」。分母には打ち合わせ・移動・事務・手戻りをすべて含める。
  • 記録は15分粒度・4タグ・当日中で十分。最低4週間、できれば3か月続ける。
  • 見積りとの乖離は「付随作業の漏れ」「手戻り」「待ち」に分解する。原因ごとに打ち手(見積り修正・契約条件・運用)が異なる。
  • 中小企業庁の労働生産性(2023年度:大企業1,589万円、中規模企業579万円、小規模企業503万円)は、一人あたり付加価値という共通の物差しを与えてくれる。価格転嫁率は2024年9月調査でコスト全般51.4%と道半ばで、交渉は相手の事情も織り込んで組み立てる。
  • 単価改定の判断は、3か月以上の中央値と、乖離の主因が自分側にないことの両方を確認してから。

本記事は情報提供を目的としており、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。

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