総還元性向の集計年度を確認する:配当と自社株買いの期間のずれ
- 結論:総還元性向は「どの年度の配当」と「どの年度の自社株買い」を足すのかが会社ごとに違うため、算式だけ見て自分で計算すると会社の公表値と合わないことがあります。
- 理由:日油は2023・2024年度の総還元性向に翌年度に実施した自己株式取得を含めていました(2025年11月19日資料の注記)。TISIは資本構成の適正化を目的とする取得を総還元性向から除いています。
- 確認点:グラフや表の注記で集計年度と算入・除外の対象を確かめ、取得枠の上限ではなく取得の実績で照合します。過去の注記がそのまま今の方針だとは限りません。
総還元性向は「同じ算式」でも中身がそろわない
総還元性向は一般に「(配当金総額+自己株式取得額)÷親会社株主に帰属する当期純利益」で説明されます。TISが2025年5月8日の適時開示に付けた注記も、この形の定義です。
ただし算式が同じでも、集計年度 の決め方は会社に任されています。配当にも自社株買いにも「いつの分か」を決める日付が複数あるためです。
- 配当:どの決算期の利益から出すか(帰属年度)と、実際に支払う日
- 自社株買い:取締役会で取得枠を決めた日、実際に買い付けた期間、キャッシュ・フロー計算書に載る年度
配当の段階ですでにずれが生じます。日油の2026年3月期決算短信(2026年5月11日)を見ると、2025年3月期の配当金総額は10,607百万円です。同じ期のキャッシュ・フロー計算書の「配当金の支払額」は9,593百万円でした。前者はその期に帰属する中間・期末配当、後者はその期に実際に払った現金(前期の期末配当を含む)なので、数字が一致しません。自社株買いはこれよりさらに年度の選び方の幅が広く、会社の注記を読まずに合算すると公表値からずれます。
合算の基本的な考え方は「総還元利回りで見る株主還元:配当と自社株買いを合算する」にまとめています。本記事では利回りの計算には立ち入らず、期間と定義の照合だけを扱います。
日油の注記:翌年度の自己株買いを前年度の還元に含めていた例
日油の「2026年3月期 第2四半期(中間期)業績説明会資料」(2025年11月19日)17ページ「株主還元 総還元性向」には、グラフの下に次の注記があります。
- ※1:23年度の自己株式取得額は、2024年5月9日決定の20億円取得(2024年5月10日〜6月21日)を含む
- ※2:24年度の自己株式取得額は、2025年5月9日決定の100億円取得(2025年5月12日〜8月5日)を含む
つまりこの資料では、決算発表と同時に決議し、翌年度の初めに買い付けた自己株式 を前年度の還元として数えていました。前年度の利益を受けて決めた還元を、その年度の成果として示す考え方です。
一方、キャッシュ・フロー計算書は現金が出た年度で記録します。同じ資料の中間期キャッシュ・フローでは、2025年度上期の「自己株式取得」が▲100億円です。決算短信でも、2026年3月期の自己株式の取得による支出は20,006百万円でした。説明会資料が24年度の還元に数えた買い付けは、現金の動きとしては2025年度に入っています。
| 項目 | 説明会資料の総還元性向 | キャッシュ・フロー計算書 |
|---|---|---|
| 2024年5月決定・20億円の取得 | 23年度に算入 | 2024年度(上期▲20億円) |
| 2025年5月決定・100億円の取得 | 24年度に算入 | 2025年度(上期▲100億円) |
キャッシュ・フロー計算書の数字で「24年度の配当+自社株買い」を足すと、説明会資料とは別の組み合わせになります。計算そのものが間違っているわけではありませんが、会社の公表値と比べられる数字にはなりません。
過去の注記を現行方針とみなさない
この注記はあくまで2023・2024年度の計算定義の例です。日油は2026年5月11日の決算短信で、2026年5月12日〜6月30日に上限50億円の自己株式取得を決議しました(重要な後発事象)。これが2025年度の還元に数えられるかどうかは、この短信からは判断できません。中期経営計画は「NOF VISION 2030 Stage Ⅲ」(2026〜2028年度)に移っており、集計の定義が続くかどうかは次の資料の注記で確かめる必要があります。
取得枠の上限と取得実績を混同しない
総還元性向を自分で照合するときによくある誤りが、取得枠の決議にある上限を実績として足してしまうことです。
日油の2025年5月9日「自己株式取得に係る事項の決定に関するお知らせ」の内容は次のとおりです。
- 取得し得る株式の総数:5,000,000株(上限)
- 取得価額の総額:100億円(上限)
- 取得期間:2025年5月12日〜2025年9月30日
説明会資料の注記では、取得期間が2025年5月12日〜8月5日、金額は100億円と書かれています。決議上の期限より前に取得を終えていたことになります。資料の金額は億円未満を四捨五入した表示なので、円単位の実績が必要なら決議書ではなく、取得状況や終了の開示で確かめます。
TISの例では上限と実績の差がよりはっきり出ます。2025年5月8日の決議は上限12,000,000株・420億円、期間は2025年5月9日〜12月31日でした。TISIのIRページ「株主還元」(2026年9月1日更新)に載っている実績は次のとおりです。
- 取得期間:2025年5月9日〜12月23日
- 取得株式総数:8,656,200株
- 取得総額:41,999,758,225円
金額は上限近くまで使っていますが、株数は上限の7割ほどにとどまっています。決議書の数字は「ここまで買える」という枠にすぎません。総還元性向に入るのは実際に買った金額です。
TISIの注記:特定目的の自己株式取得を除いて算出
TISIの「株主還元」ページには「総還元性向は、資本構成の適正化を目的とする自己株式取得を除いて算出しています」と書かれています。2023年3月期・2024年3月期・2026年3月期・2027年3月期には、資本構成の適正化を目的とする取得を別に実施したという注記もあります。
2025年5月8日の決議でも、取得予定の内訳を分けて説明していました。株主還元の観点からの取得が70億円相当、資本構成の適正化の一環としての取得が350億円相当で、後者は消却する予定とされています。このため取得実績の総額をそのまま分子に入れると、会社の数字とは合いません。
同ページの総還元性向は、2025年3月期が45.8%、2026年3月期が53.5%、2027年3月期の計画が47.7%です(2026年9月1日更新時点)。中期経営計画(2024-2026)の目安は50%とされています。
日油とTISIの違いを並べると次のようになります。
| 確認する点 | 日油(2025年11月19日資料) | TISI(2026年9月1日更新) |
|---|---|---|
| 集計年度 | 翌年度初めの取得を前年度に算入(23・24年度) | ページ上に年度帰属の注記はない |
| 除外する取得 | 注記なし | 資本構成の適正化を目的とする取得を除く |
| 独自計算でずれる原因 | 現金の動きの年度と帰属年度が違う | 取得総額をすべて分子に入れてしまう |
TISIのページには年度帰属についての注記がありません。2025年5月決議の70億円相当がどの期の還元に入っているかは、このページだけでは読み取れません。数字が合わないときに推測で埋めず、「定義が開示されていない部分」として扱うのが安全です。
照合の手順
- 総還元性向の表やグラフの注記を読み、集計年度と、除外される取得があるかを書き出す
- 対象年度に関係する取得枠の決議を探し、上限ではなく実績(取得期間・株数・金額)を確かめる
- 配当は「帰属する配当金総額」なのか「支払額」なのかをそろえる
- 次の資料で同じ定義が使われているかを確かめ、変わっていれば別の数字として扱う
自社株買いと配当を株主還元としてどう比べるかは「自社株買いと配当はどちらが株主還元か:比較の軸」で、総還元性向を目標に掲げる方針の読み方は「中期経営計画の株主還元方針の読み方:総還元性向・DOE・下限配当を見分ける」で扱っています。
まとめ
総還元性向は算式が単純に見えても、集計年度 と 算入・除外の対象 は会社が決めています。日油は2025年11月19日の資料で、翌年度初めの自己株式取得を2023・2024年度の還元に含めていました。TISIは資本構成の適正化を目的とする取得を除いて計算しています。どちらの数字も、キャッシュ・フロー計算書や取得総額を単純に足した数字とは一致しない設計です。
総還元性向が高いことは還元への意欲を示す材料になります。ただ、定義の違う数字を並べると、会社同士や年度同士の比較を誤る原因になります。目標水準に届いたかどうかを判断するときは、注記・取得実績・配当の帰属年度の3点をそろえてから比べてください。過去の注記が今の方針とは限らない点にも注意が必要です。
本記事は情報提供を目的としており、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。
出典
- 日油「2026年3月期 第2四半期(中間期)業績説明会資料」(2025年11月19日)17ページ「株主還元 総還元性向」
- 日油「自己株式取得に係る事項の決定に関するお知らせ」(2025年5月9日)
- 日油「2026年3月期 決算短信〔日本基準〕(連結)」(2026年5月11日)
- TISI IR「株主還元」(2026年9月1日更新、2026年10月23日閲覧)
- TIS「自己株式の取得に係る事項の決定に関するお知らせ」(2025年5月8日)
免責事項
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、正確性・完全性を保証するものではありません。投資に関する最終的な決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。