個人事業の赤字と株式の売却損:損益通算できる範囲を分ける
- 結論:事業所得の赤字と上場株式の売却損は相殺できる相手が違うため、別々に扱います。事業の赤字は給与など総合課税の所得と相殺し、株式の売却損は株式の売却益や、申告分離課税を選んだ配当と相殺します。
- 理由:国税庁No.2250の注5は、申告分離課税になる株式等の売却損と、それ以外の所得の損失との相殺を、どちらの向きでもできないと定めています。
- 確認点:配当を総合課税と申告分離課税のどちらで申告するかによって、相殺できる損失が変わります。いったん選んだ課税方式は、修正申告や更正の請求で変えられません。
本業が赤字の年に株式でも損が出ると、「赤字はまとめて差し引けばいい」と考えがちです。しかし所得税では、損失がどの所得から出たかで、差し引ける相手が決まっています。この記事では、国税庁タックスアンサー(いずれも令和8年4月1日現在法令等)をもとに、事業・給与・配当・株式譲渡の相殺の可否を所得の区分ごとに整理します。
損益通算できる所得は4つに限られる
国税庁No.2250によると、所得の計算で損失が出たときに損益通算の対象になるのは次の4つです。
- 不動産所得
- 事業所得
- 譲渡所得
- 山林所得
一方で、配当所得・給与所得・一時所得・雑所得の損失は、他の所得から差し引けません(No.2250 注2)。利子所得と退職所得は、そもそも損失が出ない所得です(同 注1)。
個人事業主の本業の赤字は、通算できる「事業所得」に当たります。ただ、事業所得として扱えるか、それとも雑所得になるかによって、赤字を他の所得と相殺できるかどうかが変わります。副業の収入が混ざっている年は、給与・事業・雑所得が混ざる年の確定申告:区分の判断と合算の手順で区分を先に確認してください。
注5が分ける「株式の箱」と「それ以外の箱」
株式の売却損と事業の赤字を分けているのは、No.2250の注5です。要点は次の3つです。
- 申告分離課税の株式等の譲渡所得等で損失が出ても、それ以外の所得とは損益通算できない
- 逆に、株式等の譲渡所得等以外で出た損失も、株式等の譲渡所得等とは損益通算できない
- ただし、上場株式等の譲渡損失は、申告分離課税を選んだ上場株式等の配当所得等から控除できる(その配当所得等の合計額が上限)
つまり、所得は「株式等の譲渡と、申告分離課税を選んだ上場株式等の配当」の箱と、「事業・給与など総合課税の所得」の箱に分かれます。事業の赤字で株式の売却益を消すことも、株式の売却損で事業や給与の所得を減らすこともできません。
所得の組み合わせごとの相殺の可否
| 損失の発生元 | 給与所得 | 総合課税の配当 | 申告分離課税の上場株式等の配当 | 上場株式等の売却益 |
|---|---|---|---|---|
| 事業所得の赤字 | 通算できる | 通算できる(総所得金額の計算に含まれるため) | 対象外(他の所得と区分して計算するため) | できない(注5) |
| 上場株式等の売却損 | できない(注5) | できない(No.1331の表で「なし」) | できる(No.1474) | 同じ区分の中で差し引く |
申告分離課税の配当の欄は、No.1331の「他の所得の金額と区分して税金を計算する」という説明から導いたものです。具体的な申告で迷うときは、所轄の税務署で確認してください。
配当は課税方式の選択で相殺先が変わる
上場株式等の配当は、確定申告するときに総合課税か申告分離課税を選べます(No.1330、No.1331)。No.1331の整理表をもとに、主な違いをまとめます。
| 項目 | 総合課税を選択 | 申告分離課税を選択 | 確定申告不要制度 |
|---|---|---|---|
| 税率 | 累進税率 | 所得税・復興特別所得税15.315%、地方税5% | 源泉徴収で完結 |
| 配当控除 | あり(対象外の配当もある) | なし | なし |
| 上場株式等の譲渡損失との損益通算 | なし | あり | なし |
| 扶養控除等の判定 | 合計所得金額に含まれる | 合計所得金額に含まれる | 含まれない |
この選択で気をつける点は3つあります。
- 申告する配当は全額をどちらか一方にそろえる:申告する上場株式等の配当は、全額について総合課税か申告分離課税のどちらかを選びます(No.1331)。一部を総合課税、残りを分離課税にすることはできません。
- 申告後は変えられない:申告不要・申告分離課税・総合課税のどれを選んだか(あるいは選ばなかったか)は、修正申告や更正の請求で変更できません(No.1331 注1)。
- 大口株主等は総合課税のみ:発行済株式等の3%以上を保有する大口株主等が受け取る配当は総合課税の対象になり、申告分離課税は選べません(No.1330、No.1331)。
総合課税を選べば、配当は事業の赤字と相殺される側に入り、配当控除の対象にもなります。申告分離課税を選べば、株式の売却損と相殺できます。どちらの方式が合うかは、事業所得の額、売却損の額、扶養や社会保険への影響によって変わります。一律にどちらが有利とは言えないため、申告書作成コーナーなどで両方を試算して比べるのが確実です。特定口座の配当の扱いは特定口座の配当金と損益通算・確定申告の基本でも解説しています。
なお税率について、No.1331は令和9年分以後に復興特別所得税を1.1%に下げ、防衛特別所得税1%を加えるとしています。そのうえで、源泉徴収の合計税率は変わらないと説明しています。
繰越控除も別々の制度として扱う
その年に相殺しきれなかった損失を翌年以後に持ち越す仕組みも、事業と株式とで別の制度です。
| 項目 | 事業の赤字(純損失) | 上場株式等の譲渡損失 |
|---|---|---|
| 根拠 | No.2070(青色申告の特典) | No.1474 |
| 繰越期間 | 翌年以後3年間(特定非常災害による一定の損失は5年間) | 翌年以後3年間 |
| 控除の相手 | 各年分の所得金額 | 上場株式等の譲渡所得等と、申告分離課税の上場株式等の配当所得等 |
| 主な条件 | 青色申告者であること(前年も青色申告なら繰戻し還付も選べる) | 損失が出た年に付表と計算明細書を付けて申告し、その後も毎年続けて付表付きで申告する |
株式の譲渡損失を繰り越すには、株式を売らなかった年も申告が必要です(No.1474)。次のような損失は、繰越控除の対象になりません。
- 繰り越した上場株式等の譲渡損失を、一般株式等の譲渡所得等から差し引くこと(No.1474 注1)
- 相対取引などで出た譲渡損失(同 注2)
- NISA口座やジュニアNISA口座の中で出た譲渡損失(同 注3)
事業の赤字を繰り越す手順は純損失の繰越控除:赤字の年の確定申告にまとめています。「純損失」と「上場株式等の譲渡損失」はそれぞれ別に管理し、翌年の申告で混ぜないようにしてください。
申告前に確認すること
- 損失が出た所得は何か(事業所得か雑所得か、上場株式等か一般株式等か)
- 配当を申告するか。申告するなら、全額を総合課税と申告分離課税のどちらにするか
- 株式の売却損を相殺できる、申告分離課税の配当や売却益があるか
- 株式の譲渡損失を繰り越すのか、繰り越すなら翌年以後も続けて申告できるか
- 青色申告の承認を受けているか(純損失の繰越しの条件)
- 配当を申告すると合計所得金額に含まれ、扶養控除などの判定に影響しないか
まとめ
所得税では、損失をすべて一つにまとめて差し引くことはできません。損益通算の対象は、不動産・事業・譲渡・山林の4つの所得に限られます。そのうえで、申告分離課税の株式等の譲渡所得等は、それ以外の所得との相殺を双方向で禁じられています(No.2250 注5)。事業の赤字は給与や総合課税の配当と相殺し、上場株式等の売却損は売却益や申告分離課税を選んだ配当と相殺します。配当をどちらの課税方式で申告するかで相殺先が変わり、申告後は変更できません。繰越控除も、純損失と上場株式等の譲渡損失とで条件が違います。対象年分や個別の条件は、申告前に国税庁の最新情報で確認してください。
本記事は情報提供を目的としており、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。
出典
- 国税庁 タックスアンサーNo.2250「損益通算」(令和8年4月1日現在法令等、2026年10月22日確認)
- 国税庁 タックスアンサーNo.1474「上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除」(令和8年4月1日現在法令等、2026年10月22日確認)
- 国税庁 タックスアンサーNo.1331「上場株式等の配当等に係る申告分離課税制度」(令和8年4月1日現在法令等、2026年10月22日確認)
- 国税庁 タックスアンサーNo.1330「配当金を受け取ったとき(配当所得)」(令和8年4月1日現在法令等、2026年10月22日確認)
- 国税庁 タックスアンサーNo.2070「青色申告制度」(令和8年4月1日現在法令等、2026年10月22日確認)
- 国税庁 タックスアンサーNo.1250「配当所得があるとき(配当控除)」(令和8年4月1日現在法令等、2026年10月22日確認)